2008年12月16日

水戸黄門の助さんも来山!

皆さん今日は!
今日は大慈寺のその4です。
テレビなどでお馴染みの「水戸黄門」の助さん、こと佐々助三郎は、本当はチャンバラが強かったのではなく、学者であって光圀公の「大日本史」編纂の資料探しを担当していた人です。
その助三郎さんが、大慈寺に来て資料集収をしたというのが、日誌に残されています。
ただ、薩摩では、何か探りに来たのではないかということで、厳重な監視下に置かれたため、良い印象を持たずに帰ったようです。

写真は、第64代白州和尚の墓です。
廃仏稀釈の難後、幸いにも長寿を保たれ、隠忍自重して宝物を護持、旧境内の一角を確保し、自己の寓居において明治12年寺号を復立されました。
墓は、寺内宝地庵墓地に、柏州和尚生前の遺志によって、大慈寺創建の楡井頼仲の墓と対面しています。

どうか、志布志に来られる機会がありましたら、ご連絡ください。
私ども観光ガイドが無料でご希望の所をご案内します。
お待ちしています。

水戸黄門の助さんも来山!



Posted by ビロガジマ at 14:12│Comments(0)
 
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